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東京地方裁判所 平成10年(ワ)29579号 判決

原告

鈴木和雄

被告

杉本規彰

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金四〇三万八〇六五円及びこれに対する平成七年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金二一七三万二二六四円及びこれに対する平成七年一一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、路外駐車場から歩道を横切って車道に出ようとした普通貨物自動車が、その歩道を通行していた自転車に車両前部を接触させて転倒させた交通事故について、自転車に乗っていた被害者が、自動車の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、運転者の使用者であり、かつ、自動車の所有者である会社に対しては民法七一五条、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は争いがないか、明らかに争わない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成七年一一月一三日午後一時一〇分ころ

(二) 事故現場 埼玉県川越市大字南大塚一八六七番地三

(三) 事故車両 被告丸一運輸株式会社(以下「被告会社」という。)が所有し、被告杉本規彰(以下「被告杉本」という。)が運転していた普通貨物自動車(足立一二う一七五二、以下「被告車両」という。)と、原告が乗っていた自転車(以下「原告自転車」という。)

(四) 事故態様 被告車両が、路外駐車場から車道に出る際、その前方を左方から右方に横切ろうとした原告自転車に、被告車両前部を接触させて転倒させた。

2  原告の負傷内容、治療経過及び後遺障害認定

(一) 原告は、本件事故により、左鎖骨骨折等の傷害を負い、医療法人武蔵野総合病院(以下「武蔵野総合病院」という。)に次のとおり入通院して治療を受けた(甲二、乙五、七)。

入院 平成七年一一月一三日から平成八年二月一二日(合計日数九二日)

通院 平成八年二月一三日から同年一二月一四日(合計日数二五七日)

(二) 原告は、平成八年一二月一四日、武蔵野総合病院において、左肩関節機能障害が残存して症状が固定した旨の診断を受け、この後遺障害につき、自動車保険料率算定会において、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当する旨の認定を受けた。

3  責任原因

(一) 被告杉本は、過失により本件事故を発生させたから、民法七〇九条に基づき、原告の後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告丸一運輸株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告杉本の使用者であり、被告車両を保有し、自己のために運行の用に供していたから、民法七一五条、自賠法三条に基づき、原告の後記損害を賠償する責任がある。

4  既払金

原告は、被告会社が加入していた自賠責保険から二二四万円、被告会社から、東京自動車交通共済共同組合を通じて五三三万四一七七円の合計七五七万四一七七円の支払を受けた。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告らの主張

被告杉本は、路外駐車場から歩道を横切って車道に出るため、被告車両の前部を歩道に少し出した状態で一時停止した。その後、左右の安全を確認したところ、左方一〇メートルほど離れた歩道上にほとんど止まっている状態の原告自転車があり、車道の右方から来る車両はなかった。そこで、被告杉本は、被告車両をゆっくり前進させ始めたところ、その前方を原告自転車が車道寄りから回り込むように通過しようとしたため、原告自転車のハンドルと、被告車両の前部が接触し、原告自転車が転倒したものである。

このように、原告も、被告車両が車道に出るため、既にその前部を歩道上に進出させて停止していたことを認識し、その発進を十分に予測できたにもかかわらず、ゆっくりと前進し始めた被告車両の前方を回り込むようにして通過しようとした過失があるから、二〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告の主張

原告は、自転車で歩道を進行中、前方に被告車両を発見し、それが車道に入るために待機しているようであったため、一時停止して安全を確認しながら被告車両が発進するのを待った。ところが、被告車両がなかなか発進しなかったので、原告は、原告自転車を進行させ、被告車両の前方を横切ろうとしたところ、被告車両が突然発進して原告の自転車に接触したため、原告自転車が跳ね飛ばされたものである。

したがって、原告には過失はない。

2  本件事故と相当因果関係のある治療期間

(一) 原告の主張

平成七年一一月一三日から平成八年一二月一四日までの武蔵野総合病院での入通院治療は、すべて本件事故と相当因果関係がある。

(二) 被告らの主張

武蔵野総合病院での入院治療のうち、本件事故と相当因果関係があるのは、平成八年一月中旬までの約二か月であり、その後は、同年二月末日までの約一か月半について、通院治療の限度で本件事故と相当因果関係がある。

3  後遺障害の程度

(一) 原告の主張

原告には、鎖骨骨折後の関節拘縮による左肩関節機能障害が残存し、これは、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当する。

(二) 被告らの主張

原告に残存した左肩関節機能障害が、関節拘縮による可動域制限であれば、自動のみならず、他動においても可動域制限があるのが通常であるが、原告には、自動はともかくとして、他動において可動域制限がまったくみられない。保存的治療を行っていた間に筋力が低下した場合は、自動のみにおいて可動域が制限されるということもあり得るが、通常は、リハビリによる筋力強化によって次第に回復する。したがって、原告に残存した左肩関節機能障害は、リハビリによる訓練を指示通りしなかったか、検査の際に自ら上肢を動かそうとしなかったか、変形性頸椎症による何らかの神経障害により力が入らないかのいずれかである蓋然性が高く、いずれにしても、原告に残存している左肩関節機能障害は本件事故と相当因果関係がないか、少なくとも、その症状の程度すべてにおいて、本件事故と相当因果関係はない。

4  休業損害及び逸失利益を中心とした原告の損害額(請求額等は、争点に対する判断中に記載したとおりである。)

第三争点に対する判断

一  過失相殺について(争点1)

1  事故態様

前提となる事実及び証拠(乙一ないし四、六)によれば、次の事実が認められる。

(一) 事故現場は、大宮市方面(東方向)と狭山市方面(西方向)を結ぶ国道一六号線の北側に接する幅員二・三メートルの歩道(以下「本件歩道」という。)上である。本件歩道の北側には、コンビニエンスストアとその駐車場(以下「本件駐車場」という。)がある。本件歩道内の南寄りにはガードレールが設置されており、通行可能な範囲は一・八メートルとなっているが、駐車場の出入口部分はガードレールが途切れている。

(二) 被告杉本は、被告車両を運転してコンビニエンスストアに立ち寄り、大宮市方面に向かうため、本件駐車場から国道一六号線に進入しようとして被告車両の前部を本件歩道上に出して一時停止した。そして、左側(東方向)の安全を確認したところ、約一〇メートルほど先の歩道上を西方向に向かって進行してくる原告自転車を発見した。次に、右側(西方向)の安全を確認したところ、国道一六号線を狭山市方面(西方向)から走行してくる車両はなかった。原告は、被告車両が停止したまま動かなかったため、その前方を通過させてもらえると考え、そのまま西方向に向かって走行した。原告自転車は、被告車両の前部付近に差し掛かろうとしたが、他方、被告杉本は、右のとおり安全確認をした状況からもう少し前へ出ても大丈夫であると考え、原告自転車の走行状況を再び確認することなく、被告車両をゆっくり前進させた。その際、ちょうど被告車両の前部に差し掛かった原告は、急に動き出した被告車両を避けようとしたが間に合わず、原告自転車のハンドルの右端が、被告車両の左前角部付近に接触し、原告自転車は、被告車両の右前方の、本件歩道と国道一六号線の境界付近に転倒した。

以上の事実が認められ、原告が、原告自転車を一時停止させたと認めるに足りる証拠はなく、その他、右の認定を覆すに足りる証拠はない。

2  被告杉本の責任原因の内容及び原告の過失相殺に関する判断

被告杉本は、本件駐車場から国道一六号線に進入するにあたり、いったん左右の確認をした際に、被告車両に向かって走行してくる原告自転車をわずか一〇メートルほど先に認めたのであるから、その動向に注意して被告車両を前進させる注意義務があったのに、これを怠り、原告自転車が、ほとんど被告車両の前部付近まで接近していたにもかかわらず、これに気付かずに被告車両を前進させ、本件事故を発生させた過失がある。

他方、原告は、歩道上に前部をはみ出して停止している被告車両を認識していたのであるから、その動向に留意して安全を確認した上でその前部を通過する注意義務があったということはできる。しかし、原告は、被告車両の様子を注視し、それが停止したままであったことから、先に前方を通過できるものと判断したもので、この点はやむを得ない行動であり、安全確認が不十分であったとはいえない。そして、被告車両は、原告自転車が被告車両の前部付近に近接した時点で前進をしたものであり、原告としては、この時点では、もはや接触を回避することは困難であったといえるから、原告には過失相殺は認められないというべきである。

二  本件事故と相当因果関係のある治療期間について(争点2)

1  原告の治療経過

前提となる事実及び証拠(甲二、一二、乙五、七ないし一三、一四の1ないし4)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告(昭和一〇年一二月二四日生)は、本件事故後、武蔵野総合病院に搬入された。原告は、左肩、左鼠蹊部、右肩の痛みを訴え、意識は清明であったが、左鎖骨に変形、頭頂部に皮下血腫が認められ、頭部打撲、左鎖骨骨折、左大腿部及び右肩打撲と診断されてそのまま入院することになった。なお、原告は、左股関節痛が強くて体重が支えられないと訴えたが、レントゲン検査の結果、骨折は認められなかった。

(二) 左鎖骨部には圧痛があったが、本件事故から約一〇日ほど経過した平成七年一一月二四日ころには減少し、翌一二月二日ころにはなくなった。しかし、左肩の痛みと局部に圧痛があった。このころは、左鎖骨骨折部に仮骨が形成されていなかったが、同月一六日ころになって仮骨が触れるようになった。肩の痛みはなくなり、経過は良好であった。なお、同年一一月中は、肩こり症状が強かったが、鎖骨バンドをはずしたところ、それは減少した。また、同月一八日には外出及び外泊が許可され、翌一二月からは度々外出や外泊をするようになった。

(三) 平成八年一月八日になると、仮骨の形成は進み、局部の圧痛も軽微であったので、病院からは退院を勧められたが、原告は、返事をしなかった。同月一〇日には、左肩関節の外転及び外旋時に痛みがあり、可動域の制限が軽度認められた。同年一月二四日には、骨折部分の癒合も進んできたので、病院から再度退院を勧められた。その後、同月二九日からリハビリを始め、左肩痛があり、肩関節には軽度の可動域制限はあったが、レントゲン検査の結果、骨折部分の癒合は良好であり同年二月一二日に退院した。

(四) 原告は、その後、武蔵野総合病院へ通院してリハビリ治療を受け、平成八年二月二六日には三月から仕事を始めるように医師に勧められた。そして、骨癒合は良好であったので、骨折部分については同年三月一日をもって治癒とされた。ところが、原告は、同月中旬ころから頸部痛が残存していると訴え、レントゲン検査によって前屈制限が著明になった。その後、前屈制限は極めて著明になり、同年七月下旬には、連日来院することを指示されたほどであった。こうして、実日数にして二五七日通院した後の同年一二月一四日に、左頸椎の筋肉の張り、腰痛、左肩の運動時痛及び関節可動域制限が残存して症状が固定した旨の診断を受けた。

以上の事実が認められ、これに対し、原告は、平成八年一月八日に退院を勧められてはいないなどの主張をするが、これに沿う証拠はなく、その他、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  裁判所の判断

1の認定事実によれば、平成七年一一月一三日から平成八年一二月一四日までの治療は、本件事故と相当因果関係があるというべきである。

これに対し、被告は、まず入院期間について、外出及び外泊が多くなってきた時期や、病院から退院を勧められた時期を考慮すると、少なくとも最後の一か月は入院の必要を欠くと主張する。しかし、外出及び外泊は病院が許可したものであるし、病院側の退院の勧めに対しても、一回目の勧めに対しては、それに不服であったようであるが、その約半月後の勧めに対してはそれに応じ、結局、平成八年二月一二日に退院したのであるから、原告が、入院期間を不当に延長したとまではいえず、一回目の退院の勧めがなされたころ以降について、入院の必要性がなかったとまではいえない。

被告らは、また通院期間について、原告の頸部には、加齢変性による変形性頸椎症と認められる変化があり、入院中に頸部症状がなかったことからしてこれが原因と考えられる前屈制限は本件事故と相当因果関係はないから、医師が原告に対し仕事をするように指示したことや、骨折部分が治癒したとの診断時期などから、平成八年二月末日までの治療が相当因果関係のある通院期間であり、それ以降の治療は、もっぱら頸部の症状に関するものであるから本件事故と相当因果関係がないと主張する。

原告の頸部の症状が加齢変性によるものか否かは必ずしも明らかでないが(原告の頸部のレントゲン写真[乙一四の1ないし4]はあるが、これに関する医学的所見を裏付ける証拠はない。)、外傷に基づく症状であれば、事故からまもなく症状が現われるのが自然であるところ、原告の頸部に関する主訴は、本件事故後四か月を経過した平成八年三月になってから初めて現われたものであるから、これが本件事故と相当因果関係があると認めるには足りない。もっとも、右時期以降の武蔵野総合病院の診断内容には、頸椎捻挫が加わっているが(甲一三、乙一一、一二)、本件事故発生から症状を訴えるまでの期間を考慮すると、このことをもって当然に本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。そして、平成八年三月以降は、肩関節に関するリハビリ治療を継続していたか否かは本件全証拠によっても必ずしも明らかでないが、これに関する症状固定の診断が同年一二月一四日になされていることからすると、まったくリハビリ治療がなされていないとは考えにくく、そうすると、同年三月以降の治療は、肩関節のリハビリ治療と頸部に関する治療が混然として行われたものと推認できる。

したがって、通院期間中の治療のうち、頸部に関する治療は本件事故と相当因果関係は認められない。

三  後遺障害の程度について

前提となる事実及び証拠(調査嘱託の各結果)によれば、原告に残存した左肩関節の可動域制限は、左鎖骨骨折後の関節拘縮によるものと考えられ、その制限の内容は、他動においては、屈曲、伸展、外転のいずれにおいても右肩の可動域と異ならないが、自動において、屈曲につき、右が一八〇度であるのに対し左が一二〇度、伸展につき、右が五〇度であるのに対し左が三〇度、外転につき、右が一八〇度であるのに対し左が九〇度であることが認められる。

この認定事実によれば、左肩関節の可動域は、自動において、健側の右肩と比較して、屈曲及び伸展の和が六五パーセント程度になっており、外転に至っては半分になっているのであるから、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当するとした自動車保険料率算定会の認定は相当であるというべきである。

これに対し、被告らは、関節拘縮による可動域制限であれば、他動においても制限があるのが普通であるから、原告に残存した症状は後遺障害等級第一二級六号に該当するほどのものとは認めがたいと主張する。

しかし、関節拘縮による可動域制限であれば、他動においても制限があるのが普通であることを裏付ける医学的証拠はなく、少なくとも、医師の診断により、自動において、右程度の制限があると診断され、その診断内容に疑問があるなどの反証もない以上、被告らの主張は採用できない。

四  原告の損害額

1  治療費(請求額二七三万四一七七円) 二七三万四一七七円

原告は、平成七年一一月一三日から平成八年一二月一四日までの武蔵野総合病院の入通院治療費として、二七三万四一七七円を負担した(争いがない)。

もっとも、通院治療費のうち、頸部の前屈制限に関するものは本件事故と相当因果関係を認めることができないが、この金額を特定することはできないので、治療費としてはすべて認めた上で、本件事故と相当因果関係のない治療が含まれている点は、慰謝料において斟酌することとする。

2  入院雑費(請求額一一万九六〇〇円) 一一万九六〇〇円

入院雑費としては一日あたり一三〇〇円の九二日分で一一万九六〇〇円を相当と認める。

3  通院交通費(請求額一六万一〇二〇円) 一四万三九二〇円

前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、バスと電車を乗り継いで武蔵野総合病院へ通院し、片道で少なくとも五六〇円を負担したことが認められる。

原告は、武蔵野総合病院へ二五七日通院したので、通院交通費としては、一四万三九二〇円を認めるのが相当である。

これに対し、原告は、右のうち三八日については、バスのみで通院し、片道九四〇円を負担し、さらに一日については、雨天のためタクシー代として往復三二二〇円を負担したと主張する。

しかし、三八日分についてのみ、より高額の交通費がかかる通院方法をとらざるを得なかった事情を認めるに足りる証拠はなく、原告が右の金額のタクシー代を支払ったことについては、これに沿う証拠(甲四、五)があるものの、他の通院日はいずれも公共交通機関を利用していたのであるから、仮に雨天であったとしても、その事をもってタクシー利用の必要性を認めるには足りない。

4  医師への謝礼(請求額二万〇〇〇〇円) 二万〇〇〇〇円

原告は、医師及び看護婦らに対し、一万円の商品券と一万円分のテレホンカードを、入院中の謝礼として提供した(甲六、七、弁論の全趣旨)。

この金額と原告の入院期間に照らせば、この謝礼は社会通念上相当なものとして、本件事故と相当因果関係がある。

5  休業損害(請求額三六八万四六八四円) 一万一六六五円

(一) 原告の主張

原告は、本件事故当時一日あたり九二五八円の収入を得ており、本件事故により平成七年一一月一三日から平成八年一二月一四日まで働くことができなかったから、九二五八円の三九八日分で三六八万四六八四円の休業損害を被ったと主張する。

(二) 裁判所の判断

(1) 認定事実

証拠(甲八の1ないし4、九の1ないし3、一四)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、株式会社山一商事(本件事故当時の商号は株式会社徳山興業)において、産業廃棄物処理の仕事に従事していたこと、平成七年七月から同年九月までの間に合計八五万一七〇〇円(一円未満を四捨五入すれば一日あたり九二五八円)の収入を得ていたこと、同年一〇月一〇日に労災事故により左拇指球切創、左前脛部打撲、抹消神経障害の傷害を負ったため、右の仕事を休業し、少なくとも、平成八年一二月一四日までは稼働しなかったこと、その間、この労災事故により、川越労働基準監督署から、平成八年一二月五日までは一日あたり九二五八円を基礎収入とした休業補償給付(特別支給金を含む)を受けていたことが認められる。

(2) 平成七年一一月一三日から平成八年一二月五日まで

(1)の認定事実によれば、原告は、労災事故により負傷し、平成八年一二月五日まではこれによる休業補償給付を受けていたのであるから、少なくとも同日までは、本件事故に遭わなければ、株式会社山一商事で働いて収入を得たとはいえない。したがって、この間について、休業損害は認められない。

もっとも、原告は、労災の休業補償給付は休業損害の全部をてん補するものではないから、てん補されない部分について賠償義務が残ると主張する。

確かに労災保険の休業補償給付は、休業分の全額をてん補するものではないが(労災補償保険法一四条)、原告は、本件事故に遭わなければ、労災による休業補償給付を受けることなく稼働して満額の収入を得る方途を選択したと認めるに足りる証拠はないから、休業分の満額のうち、労災の休業補償給付によりてん補されない部分を本件事故と相当因果関係のある損害とすることはできない。したがって、原告の主張は採用できない。

(3) 平成八年一二月六日から同年一二月一四日まで

原告は、労災補償給付が支給されなくなってから以降は、本件事故に遭わなければ、就労する蓋然性が高かったと推認できるが、二1(四)で認定したように、すでに平成八年三月には、武蔵野総合病院の医師から仕事を始めるように勧められていたのであるから、同年一二月一四日に症状固定の診断がなされ、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級第一二級六号に該当する後遺障害が残存したことを併せて考えると、原告は、平成八年一二月六日から同年一二月一四日まで休業していたものの、労働能力の制限は一四パーセントの限度で受けていたものと判断するのが相当であるから、その間の本件事故と相当因果関係のある休業損害は、一日あたり九二五八円を前提にすれば、次のとおり一万一六六五円(一円未満切り捨て)になる。

9,258×0.14×9=11,665

6  逸失利益(請求額一五八五万二五一四円) 三六八万二八八〇円

原告は症状固定時六〇歳であり、平成八年簡易生命表によれば、その時点での平均余命は二〇・七五年であったから(当裁判所に顕著な事実)、原告に残存した後遺障害の内容及び程度に照らすと、原告は、七〇歳までの一〇年間にわたり、平均して一四パーセントの労働能力を喪失したというべきである。そして、原告の本件事故前三か月の収入合計八五万一七〇〇円を前提に年間収入を換算すれば、三四〇万六八〇〇円となるから、ライプニッツ方式により中間利息を控除し(係数は七・七二一七)、これを前提に逸失利益を算定すると、三六八万二八八〇円(一円未満切り捨て)となる。

3,406,800×0.14×7.7217=3,682,880

なお、原告は、残存した後遺障害により平成九年二月中旬ころに株式会社山一商事を退職することを余儀なくされ、本件事故当時と、その後に再就職した勤務先との年収の差は、年間一八四万五四四〇円であるから、本件事故に遭わなければ、症状固定時から一一年間にわたり毎年右金額の減収を被ることになったと主張する。

たしかに、原告は、現場作業は無理であるとの理由により平成九年三月三一日をもって株式会社山一商事を退職しているが(甲一四)、本件全証拠によっても、同社における原告の具体的業務内容は定かでなく、後遺障害の内容に照らして、退職せざるを得ないと認めるには足りないというべきである。仮に、退職はやむを得ないとしても、その後にいかなる会社に就職するかは、個人の事情に負うところが大きいから、再就職先での収入を本件事故当時の収入との差額を当然に後遺障害による減収分とすることはできないというべきである。

したがって、いずれにしても、原告の主張は採用できない。

7  慰謝料(請求額四七四万〇〇〇〇円) 四五〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様、原告の入通院期間、後遺障害の内容及び程度、通院中の治療内容には本件事故と相当因果関係のない治療も含まれており、入通院期間の全治療費中において、それのみを抽出することができないことから、治療費において、それをも含めて認定したこと、相当因果関係の問題はあるにしても、現実に本件事故当時の勤務先を退社することになっていることなど一切の事情を総合すれば、慰謝料としては、四五〇万円(後遺障害分として二七〇万円、その余として一八〇万円)を相当と認める。

8  損害のてん補

1ないし7の合計金額である一一二一万二二四二円から、原告が自賠責保険及び被告会社から受領した七五七万四一七七円を差し引くと、三六三万八〇六五円となる。

9  弁護士費用(請求額二〇〇万円) 四〇万〇〇〇〇円

審理の経過、認容額などの事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、四〇万円を相当と認める。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、不法行為に基づく損害金として四〇三万八〇六五円と、これに対する平成七年一一月一三日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 山崎秀尚)

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